「宇宙の謎に迫る国家プロジェクト」に、日本学術会議が猛反発のワケ

2018年11月19日

IT Media ビジネスオンライン

国家的プロジェクトというと、東京オリンピックや大阪万博ばかりが注目されがちだが、実は岩手県で、それらを凌ぐスケールの超巨大プロジェクトが持ち上がっているのを、ご存じだろうか。

岩手・北上山地の地下100メートルに、全長20キロに及ぶ直線状の「加速器」を建設。全世界から膨大な数の科学者たちが集い、ヒッグス粒子や、宇宙を構成するダークマター(暗黒物質)などを解明しようという「国際リニアコライダー」(International Linear Collider 以下、ILC)計画があるのだ。

「ちょっと、何言ってるのか分からない」という人のために簡単に説明をすると、「加速器」とは、原子よりも小さな「素粒子」を光の速さで正面衝突させる研究施設(ILCの場合は電子と陽電子を衝突させる)のこと。人も地球も宇宙もすべては素粒子からできているので、ここの謎を解くことで、宇宙の成り立ちはもちろん、まだ解明されていない物資、現象などこの世界のさまざまな謎に光を当てられる、というわけなのだ。

この素粒子については、『アイアンマン』『アントマン』というマーベル映画や、『エヴァンゲリオン』などのSFアニメにもちょこちょこ登場するので、ファンの方ならば聞いたことがあるのではないだろうか。ちなみに、世界中で興行記録を塗り替えた大ヒット作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の続編が来春公開されるが、そこでも素粒子が物語の重要なカギを握るとされている。

そんな幼稚な話は興味ゼロだね、という人でも、スイスのジュネーブにある「CERN」(欧州原子核研究機構)の名は聞いたことがあるだろう。

世界中の研究者が情報にアクセスできることを目的としたWWW(ワールドワイドウェブ)が考案されたことから、「インターネット発祥の地」として有名なこの施設にも円形の加速器があって、「ブラックホール発生装置だ!」「研究を進めると宇宙が崩壊する」なんて『月刊ムー』のような超自然科学系サイトでもちょこちょこ取り上げられているので、一度や二度は耳にしたことがあるはずだ。

なぜわざわざ日本で?

そんな世界的な研究所を上回る施設を日本に造ろうじゃないの、というのがILC計画だ。

「なぜわざわざ日本で?」と首をかしげる方も多いかもしれないが、推進している方たちのお話を聞いてみると、いくつか大きな理由が見えてくる。

まず、日本は、中間子理論を提唱した湯川秀樹から、近年のニュートリノ天文学の小柴昌俊氏、6つ以上のクォークが存在を予測した益川敏英氏、小林誠氏まで、多くのノーベル物理学賞受賞者を生むなど、世界の素粒子物理学をリードしてきた。また、加速器に関する技術も世界一と評され、茨城県つくば市にあるKEKB加速器は現時点で世界でも最も密度の高い電子ビームをつくることができる。

そんな“素粒子研究先進国”である日本の競争力をILCでさらに確固たるものにしようというのが、まず1つなのだ。

そして、もう1つ重要なのが、経済効果だ。

世界中から優秀な頭脳が集結してくるわけなのだから、経済効果を期待する声が出るのは当然だ。事実、CERN周辺には世界中の科学者が家族を連れて定住したことで、消費や観光など地域振興が成功している。しかも、ILCが優れているのは、その効果が続く「期間」だ。どんなに「頑張れ、ニッポン!」「万博で大阪を元気に!」と叫んだどころで、五輪や万博というイベントは数週間から半年ほどで閉店ガラガラとなって、後には莫大な維持費がかかる「負の遺産」が残ってしまう。事実、東京五輪で新たに建設されている競技施設も既に大赤字が試算されている。

が、ILCは違う。世界中からさまざまな研究者が訪れ、入れ替わり立ち替わり30年近く研究が続けられるという。設立から60年を経たCERNが活況していることや、素粒子物理研究の性格からしても、極めて息の長い研究施設になる見込みなのだ。

そのような意味では、ILC計画とは、日本の東北で「科学のオリンピック」を30年間ぶっ続けで開催をするようなものと言っていいかもしれない。

ILC計画を快く思っていない人たち

なんて話を聞くと、「素晴らしい! 人口減少でいろいろ大変な中で、日本の国際競争力を上げるためにも、東北の復興のためにも、じゃんじゃんやるべきだ!」と鼻息が荒くなる人も少なくないだろうが、このILC計画を快く思っていない方もいらっしゃる。

一部の科学者の皆さんである。

活躍する女性の方たちから、「女の敵は女」みたいな話をよく聞くが、こちらもご多分に漏れずというか、同じく科学を探求する方たちの中から、ILC計画にかなり厳しめのダメ出しが出ているのだ。

その代表的な例が、日本学術会議で行われている「国際リニアコライダー計画の見直し案に関する検討委員会」だ。

日本学術会議とは、「我が国の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約84万人の科学者を内外に代表する機関」(Webサイトより)で、国への政策提言や国際活動、科学者間のネットワーク構築などが主な役割だ。

ということもあって今年7月、文科省の研究振興局長から、「ILC計画における学術的意義」や「我が国で実施することの国民及び社会に対する意義」などを審議してちょうだいよ、と依頼を受けて、「所見」をまとめているのだが、それがかなり辛口なのだ。

例えば、11月14日に検討会があったので傍聴したところ、現時点の「案」だという断りはあるものの、ILCに対して以下のような表現がバンバン飛び交っていた。

「ILC建設を正当化する主たる根拠とはなり得ない」「コンセンサスが形成されている状況にはない」「万が一の事故対策などに関する記述が少ないことは懸念材料」「不確定要素が大きい」

国際協力の見通しや、予算、運営をしていく上での人材などごもっともな指摘も少なくないものの、現時点で「計画」に過ぎないILCの「意義」を審議するはずが、計画そのものを白紙にしろと言わんばかりの勢いで、「ちゃぶ台返し」なのだ。

もちろん、あえて「高めの球」を投げた可能性も否めない。この手の検討会を取材するとよく見かけるパターンなのだが、最初にかなりネガティブ方面へ舵(かじ)を切った「案」をドーンとぶちまけてから、議論をしていく中で、両論併記的な角の取れた答申にする、という展開が多々あるからだ。

ただ、それをさっぴいても、何か恨みでもあるのかというくらい「批判」のクセが強いのだ。

状況は改善せず、悪化するばかり

それが筆者の気のせいではないことは、検討会が終わってから、委員長として案をまとめている東京大学・家泰弘名誉教授のマスコミの囲み取材で、記者から「一言で言うと否定的」というような感想が相次いだことからも明らかだ。

では、なぜ日本学術会議という、「学究の徒」を代表する人々が、ハタから見ていて心配するくらい、ILCに否定的なのか。

いろいろなご意見があるかもしれないが、推進派、否定派の皆さんの主張を俯瞰(ふかん)してみると、ここと非常に似ている現象があることに気付く。

それは、「部活動の予算配分をめぐるゴタゴタ」だ。

体育会であっても文化部であっても、部活動をするにはどうしてもお金がかかる。が、予算は限られているので、どうしても野球部とかサッカー部という花形の分配が多くなり、部員の少ないところなどはスズメの涙なので不満が爆発――。

よくスポ根マンガや学園ドラマなどにも登場するワンシーンだが、実はILCに関しても同じことが起きている可能性が高い。

ご存じのように、近年、研究者個人へ振り分けられるカネが減っている。科学技術関連予算の総額は減っていないものの、日本の競争力を上げるような大型プロジェクトに予算が集中されているからだ。

文科省が2016年7月に行ったアンケートでも、所属機関から研究者に支給される個人研究費は、「50万円未満」と答えた教員が6割にのぼったのだ。

こんなことでは日本の科学競争力はジリ貧だ、とノーベル賞を受賞するような方たちがずいぶん前から、苦言を呈しているが状況は一向に改善せず、悪化するばかりである。

「ねたみ」や「そねみ」が抑えられない

そんな状況の中、日本の国際競争力のためと推進されているのがILC計画だ。ここで行われる研究は「宇宙の謎」という壮大なスケールだけあって、すさまじいスケールの費用がかかる。

まず、完成までの10年で総工費は7355~8033億円。国際協力プロジェクトなので、その半分はさまざまな国に負担をしてもらう構想だが、それでも1年に400億円かかる。そして、できたらできたで今度は、運転や維持に年間200億円程度のコストがかかる見込みなのだ。

そんなにかかるのかと驚くかもしれないが、もっと驚くことを言ってしまうと、これはすべて我々の血税でまかなわれるのだ。

さて、ここまで話せば、もう何を言わんかお分かりいただけるだろう。多くの研究者が国から満足な研究費をもらえなくて不満が募っている。そんな中で毎年、数百億円というケタ外れの税金が投入され、素粒子研究の施設が造られる。露骨な「えこひいき」である。

その「科学的意義」を審議しろ、と素粒子研究に携わっていない研究者たちがお役所から頼まれた。果たして、彼らに冷静かつ客観的な審議ができるだろうか。

できるわけがない。甲子園を目指す野球部や、全国を狙えるサッカー部に潤沢な予算がつけられるのを、恨めしそうに眺める他のマイナー競技の生徒たちに、「野球やサッカーの良いところをみんなで言い合ってくれ」という無茶ぶりをするようなものであって、「悪口大会」になるのは目に見えている。

筆者もこれまでいろいろな研究者の取材をさせていただいたのでよく分かるが、研究者の皆さんは「自分の研究が一番」だと思っている。自分の研究こそが世界を変える、社会に役に立つという強い信念を持って日々、研究に勤しむ方も多い。

そのような研究者からすれば、ILC計画ほど不条理な話はない。どんなに立派な科学者であっても人間である以上、どうしても「ねたみ」や「そねみ」が抑えられないものなのだ。

そろそろ建設的な議論を

そんなのはお前の妄想だと思うかもしれないが、今回の検討会の「案」の中にも、そんな負の感情がちらほらと垣間見えている。

『なお、ILC計画への予算投入が他の科学技術・学術分野に影響を及ばさないように、「別枠の予算措置とする」との議論があると聞いている。(中略)仮にも「別枠予算」という位置づけが、学術コミニティにおける批判的検討の機会をバイパスするようなことにつながるとすれば、日本の学術全体にとって、そしてILC計画自体にとっても不幸なことである』

とって付けたような記述だが、実は検討会の皆さんが一番言いたいことはこのあたりのような気がしてならない。いずれにせよ、このような不平不満感丸出しの人たちに、「意義」を審議せよ、といくらお願いしても、結局のところ、限りあるカネを奪い合う「パワーゲーム」に流れていくのではないか。

研究者の皆さんで丁々発止やるのも結構だが、年間数百億円のカネを払うのは我々国民である。にもかかわらず、国民の間ではILCに関しての認知は進んでいない。マスコミの友人たちに話しても「何それ?」と言われる始末だ。

「ねたみ」や「そねみ」のないフラットな人間たちの間で、本当に実現できるのか、安全性はどうなのか、そして、ILCでどういう未来を描きたいのか、という建設的な議論もそろそろ始めるべきではないのか。