加速器を知るAbout Collider
ナノビーム技術
素粒子実験で加速器に求められるもうひとつの性能は、数多くの反応を起こすことです。そのための重要な技術が「ナノビーム技術」です。ビーム断面をナノメートルレベルまで絞りこむ技術のことです。
多く反応を起こさせるためには、時間あたりの衝突頻度を高くすることが必要です。ビームは「バンチ」と呼ばれる「粒子のかたまり」の状態で加速し、対向するバンチと衝突させます。その際、それぞれのバンチの中の全ての粒子が衝突するのではなく、多くの粒子はすれ違ってしまいます。
LHCのような円形加速器では、衝突しなかった粒子をそのままリングの中で回し続けて衝突の機会を繰り返すことができます。一方、線形加速器では衝突しなかった粒子を再利用することができないため、お互いに反対方向から来た粒子同士が素通りせず、高い確率で衝突するような工夫が必要になります。
その工夫のひとつが、ビームのサイズを小さく絞りこみ、粒子の密度を高めることです。
衝突エネルギー250GeVのILCの場合、垂直方向を7.7ナノメートル、水平方向を516ナノメートルにまで絞り込みます。LHCのビームサイズは20ミクロンなので、ILCはLHCより3桁から4桁も小さく絞り込むことになります。
ビームを極小サイズに絞り込むには、2つのプロセスが重要です。まず、ビームをダンピングリングで周回させ、ビームが放射光として失うエネルギーを、前方への加速によって補填することを繰り返し、平行度を揃えます。
書類を束ねる時に、机の上で、トントンと叩きながら端を揃えますが、ダンピングリングでの作業もそれと似ています。書類の束を整える時は、持ち手をちょっと「緩める」ことと、机の上で叩くことを繰返します。電子ビームもリング内をくるくる回りながら、エネルギーの損失と補填を繰り返すことできれいに整うのです。
このようにつくられたビームは、まだ絞り込まれていません。衝突点の手前の両側それぞれ700メートルの「最終収束系」と呼ばれる部分で、レンズの働きをする四極磁石でナノメートルレベルまで絞り込みます。絞り込みは、虫眼鏡で光線を絞るのと同じです。ナノメートルレベルまで絞り込むには、多数の電磁石を並べる必要があります。数を増やすだけではなく、精度を高めるためには、電磁石をの並べ方の工夫も重要です。
こうして、ナノメートルサイズに絞り込んだビームも、きちんと衝突しなければ衝突回数を増やすことにはなりません。ビームが細くなればなるほど、ビッタリ当てることが難しくなります。ビームを絞り込む技術だけでなく、高度なビーム位置制御技術も求められます。
ビームの位置を安定させて正面衝突させるためには、地盤の振動によるビームのズレにも対応する必要があります。地盤が揺れると電磁石が揺れ、ビームの通り道にある磁場も揺れるため、ビームの進む方向に影響を与えます。
ILCでは、一度に1000から2600個のバンチが加速されますが、振動の影響を受けてバンチの位置がズレ、うまく衝突しません。そこで、先頭を走るバンチの位置のズレを測定し、後続のバンチの位置補正(フィードバック)を行います。バンチは光速に近い速さで進むので、フィードバックも短い時間で行います。これは極めて高度な精密技術です。
ビームを絞り込み、制御する技術はKEKに建設された先端加速器試験施設(ATF)において、国際協力で技術開発研究が進んでいます。ATFは、電子銃部、直線型電子加速器、粒子の平行度を高めるダンピングリング(円形加速器)、ビーム取り出し計測ライン、電磁石でビームを極小に絞り込む最終収束ビームラインから構成されます。ATFのダンピングリングは、1997年にビーム運転を開始し、超平行ビームの実現に向けた研究開発を行ってきました。2003年には、従来の加速器の100倍もの平行度の「超平行ビーム」の実現に成功しています。「ATF2」と呼ばれる最終収束ビームラインによって、ビームの絞り込みに関してもほぼ開発目標が達成されました(図23)。ATF2は長さ60メートルのテストビームラインで、ILCと同様のビーム光学系を採用しており、電磁石の配置も同じです。また、色収差(エネルギーが違った粒子の収差)の強さ、個々の電磁石の強さ、設置位置誤差、振動に対する許容値もILCと同程度になるように設計されています。ATFはILCよりビームエネルギーが低く、当初計画の500GeVの衝突エネルギーのILCのビームサイズの目標である6ナノメートルは、ATFでの37ナノメートルに相当するため、その達成に向けた研究開発が行われてきました。ATF2では、2016年までに41ナノメートルまでの絞り込みに成功しています。これは世界最小のビームサイズです。
フィードバック技術についても、技術実証が完了しています。ILCで想定されている最小のバンチ間隔は336ナノ秒です。そのため、ビームのフィードバックはこれよりも早く行う必要があります。ATFでは、この要求よりもはるかに短い140ナノ秒でのフィードバックを実証しています。