宇宙を知るAbout Physics
ILCでわかること
「標準理論」を超える
現在、素粒子物理学で広く受け入れられている理論の枠組みに「標準理論」があります。この理論で予言されながら唯一見つかっていない最後のピースが「ヒッグス粒子」です。2012年7月4日、このヒッグス粒子らしき新しい粒子を発見した、というビッグニュースが欧州合同原子核研究機関(CERN:セルン)から飛び込んできました。
最後のピースが見つかったの?じゃあ、これで素粒子のことは全部わかっちゃったの?いいえ、そうではありません。標準理論の基本骨格が提唱されたのは40年前。それ以来、加速器を使った実験で、粒子の性質や力の強さなどを詳細に検証して、標準理論の骨格への肉付けが行われてきました。ところが、この40年間の長い長い検証が進むうちにわかったことは「標準理論はカンペキではない」ということでした。標準理論はとてもよく今の宇宙を表しているけれども、理論的には多くの矛盾を持っているのです。
新しい理論を探す道具「リニアコライダー」
こうやって積み重ねられてきた実験結果から、LHCでの実験以前に、ヒッグス粒子がありそうな場所はめどがついていました。「114ギガ電子ボルト以上150電子ボルト以下にあるはず」という結果が出ていたのです。そして今回LHCの実験で、その範囲の真ん中の125ギガ電子ボルト付近にヒッグス粒子らしきものが見つかったのです。
まさに予想通りの結果で、一見、標準理論は完全無欠の「全てを司る究極の理論」のように見えるかもしれません。けれども、標準理論では説明できない多くの物理現象がすでに観測されています。また、理論としてきちんと整理しきれていない部分があることも事実です。宇宙の物理現象をきちんと理解するためには、標準理論を超えた新しい理論を創らなければならないのです。理論物理学者たちは、この40年の間にいろいろな新理論を提唱してきました。これまでの実験結果から、それらのうちの多くは間違っていることが証明されています。そして今、世界の素粒子研究者が「これこそ本物か」と思う、いくつかの有力候補(例えば「超対称性理論」「複合粒子理論」「余剰次元理論」など)があがっています。そのうちのどの理論が正しいのか、それは実験してみないと分かりません。標準理論を「超える」ものが何なのか? その疑問に答えるための最適な実験道具として期待されているものが、次世代の加速器「国際リニアコライダー(ILC)」なのです!
消えた家系図を探せ
標準理論が弱い部分の一つが「統一」できないことです。
宇宙は真空から「ぽこっ」と産まれた直後に、急激に成長したと言われています。急成長した宇宙は膨大なエネルギーを持ち、ビッグバンの状態になりました。その頃の宇宙は素粒子だけが存在する世界。それらはグツグツと煮え立っていました。それらの素粒子が冷えるとともに物質が生まれ、星が生まれ、生き物が生まれ、現在の姿になったと言われています。つまり、この宇宙にある全てのものが元を辿れば「同じ祖先」を持つはずなのです。標準理論に登場する素粒子たちは、確かにとても似た性質を持っていて、美しく整列させることができます。ところが、今見つかっている素粒子が、同じ祖先からどのような経緯を経て今のかたちになったのか、標準理論では説明することができません。素粒子たちの家系図は不明なままなのです。
また、どんな物理現象が起きる時にも「相互作用」と呼ばれる「力」が働いています。これらの力を伝えるのも、素粒子の役目。現在の理論では「電磁気力」「弱い力」「強い力」「重力」の4つの力のいずれかが働いて物理現象を起こしていると考えられています。これらの4つの力も、ビッグバン直後には同じ一つの力だったはず。ところが、標準理論は、力の統一をするためにも不十分なのです。力を統一的に理解するには、標準理論を一歩進めることが必要になります。電磁気力・弱い力・強い力の3つの力を統一する理論が「大統一理論」。さらに重力も含めた4つの力を統一する理論が「超大統一理論」です。この超大統一理論までたどり着くためには、新たに「超対称性」や「余剰次元」と呼ばれる未知の宇宙法則の存在を確かめなければいけません。そのためにもILCはとても期待されています。
そもそも、まだヒッグスかどうかわからないしヒッグスだとしても
どのタイプのヒッグスかわからない
2012年7月4日のCERN(セルン)の発表で注目すべきこと、それは発見されたのが「ヒッグス粒子”らしき”新粒子」だということです。つまり、この新粒子がヒッグス粒子かどうかまだ解らない、ということ。素粒子に質量を与えると考えられているヒッグス粒子は、これまでに知られている素粒子とは全く異なる性質を持っています。その存在は20世紀素粒子物理学の根幹に関わっている重要な粒子!でも、もっと重要なことは、このヒッグス粒子とそのしくみは標準理論を「超える」新しい物理法則への扉と期待されている、ということです。
LHCは、半世紀にわたって素粒子物理学者が追い求めてきた「ヒッグス粒子」の痕跡をとうとうつかみました。今後LHCはさらに性能を伸ばし、今回見つかった粒子が本当にヒッグス粒子なのか確認することが期待されています。しかし「ヒッグス」とひとことでいっても実は多くの可能性があるのです。新理論として提唱されている理論によって、ヒッグスの数や(ヒッグスは「ひとつ」とは限らないのです!)ヒッグスの性質に違いがあります。つまり、ヒッグスの性質のわずかな違いも宇宙を解き明かすすごく貴重な情報になるということです。その性質を極めることは、宇宙の真理への入り口になる、ということです。まずその一歩を踏み出すのがLHCです。
しかし、加速器の原理上LHCではヒッグスの性質の調査にはどうしても限界があります。LHCで衝突させる粒子は陽子と陽子。素粒子が無数に組み合わさっている複合粒子同士を衝突させるため、素粒子反応が非常に複雑になるのです。これに対して、ILCは素粒子である電子と陽電子だけを衝突させてヒッグス粒子を産み出すため、素粒子反応のすべてを直接観測することができることが特徴です。このヒッグス粒子らしき粒子がどんな性質を持つ粒子なのか、本当に唯一のヒッグス粒子なのか、それとも超対称性理論が予言するいくつものヒッグスの内のひとつなのか、いったいくつのヒッグスがあるのか、どんな力が働くのか、そもそも素粒子なのか?といった謎について、ILCは詳しく調べることができるのです。つまり、ILCのすごいところはヒッグス粒子の存在を確定することではなく、「ヒッグスを解剖できる」ことなのです。