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加速器最初の顧客は医療

現代において、加速器は様々な用途に使われていますが、最も多いのは医療用の加速器です [1]。しかし医療は、加速器にとって数ある用途のうちの一つではなく、歴史的な意義を持っていることは意外と知られていません。X 線がレントゲンにより発見されたのは 1895 年 [2] です。使用されたのは小型の静電型の加速器です。この論文の英語版には彼の妻の手の透視画像が掲載されています。[3]。この論文の一ヶ月後には、なんと骨折の診断にこの技術が利用されているのです [4]。 20 世紀初頭には、X 線による医療診断が確立しすでに普及し始めていました。同じ型の加速器を使って J.J. Thomson は 1897 年に電子を発見しています。人類が見つけた「最初の素粒子」が電子ですが、その発見よりも先に、加速器は骨折の診断に利用されていたのです。加速器の最初の顧客は基礎物理研究ではなく、医療だったのです。

ロバート・ウィルソンはフェルミ国立加速器研究所(FNAL)の初代所長として知られる米国の物理学者ですが、彼の博士論文のテーマが陽子線による腫瘍の治療であったことを知る人も、これまた少ないかもしれません [5]。FNALは米国にいくつかある大型加速器を使った素粒子物理学の研究所のうち、最大の施設です。彼の武勇伝としてもっとも有名なものは、米国議会の公聴会において、「あなた方の研究は国家の防衛に役に立つのか?」という意地悪な質問に対して「防衛には役立ちませんが、防衛すべき価値ある国にすることはできるでしょう」と回答した、というものです [6]。FNALはトップクォークの発見という素粒子物理学の大発見の舞台ですが、粒子線、とくに中性子を使ったがん治療研究の歴史も持っています。日本には現在多くの粒子線治療装置が稼働していますが、最新型は陽子線ではなく炭素線を使ったタイプです。ウイルソンは論文で、陽子線よりも炭素線が、多重散乱や生物効果を考慮すると有利と説いています。先見の明とはこういうことなのでしょう。ちなみにウイルソンの先生はサイクロトロンの発明者として有名なローレンスです。

加速器は適切な技術を用いることで、任意のエネルギーの粒子を作り出すことができる優れた装置です。この粒子を用いることで、透視、がん治療、PET (陽電子放射断層撮影)や標的療法などのための同位体生成などが可能なため、多くの医療現場で利用されているのです。2019 年の日本アイソトープ協会の統計 [1] によると、日本国内には 1747 台の加速器があり、そのうち 1310 台が医療用だということです。実にその割合は 75% にもなります。注意したいのはここに含まれているのは法律上の放射線発生装置のみで、X 線発生装置は含まれていないことです。日本国内にある歯科医院、整形外科、地域の病院の数は膨大で、それを含めれば、割合はさらに高まるでしょう。

医療というのは国民にとって身近な分野です。東洋には医食同源という考えがありますが、QOL(生活の質)の向上が医療の一部であるとすれば、医療とは生活の一部とも言えます。すなわち、加速器の進歩は、医療を通じて、国民生活の向上に直につながるのです。標的α線療法など加速器による医療用の同位体生成が広がりを見せていますが、今後も加速器の医療応用の質的そして量的拡大は続くものと思われます。医療応用は加速器の最初の顧客ですが、いまだに最大の顧客なのです。こんなにも身近で国民生活に直結した技術が、しかし一方で、その知名度が今ひとつというのは真に残念です。我々加速器の研究者も、先端加速器科学技術推進協議会(AAA)の会員企業 をはじめとした産業界の方々とも協力して「生活を支える身近な加速器」を浸透させていきたいと思っています。

栗木雅夫
広島大学先進理工系科学研究科
日本加速器学会会長

参考文献

  • ”Statistics on the use of radiation in Japan”, Japan Radio Isotope Association,
  • C. Röntgen, ”Über eine neue Art von Strahlen (Vorl¨ufige Mittheilung)”, .Sitzungsberichte der Physikalisch-Medizinischen Gesselschaft zu Wu¨rzburg. 132- 41,1895.
  • C. Röntgen, ”On a new kind of rays”, Science 3:227-31,1896.
  • B. Frost, ”Experiments on the x-rays”,Science, New Series, 3:235-6, Feb. 14, 1896.
  • Wilson, ”Radiological use of fast protons” : Radiology47: 487-491, 1946; doi.org/ 10.1148/47.5.487.
  • https://history.fnal.gov/historical/people/wilson_testimony.html

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