Columnコラム
グリーンILCについて(1)
【加速器施設から排出されるCO2】
地球温暖化について、前KEK機構長・岩手県立大学学長の鈴木厚人先生から聞いたことです。現在は自然のサイクル(ミランコビッチ・サイクル)で温暖化傾向にあるが、最近はそれを急激に上回る変化が生じている。北極と南極の氷が同時に減少しているのです。私は2050年までのカーボンニュートラル達成を目標に掲げた日本政府の方針はとても正しいと思います。
ところで、私たちは加速器を「生業(なりわい)」としていますが、「加速器は電気の力で動かす」、ということは言うまでもないことです。その電力を作るために、多くのCO2を排出している、つまり私たちの加速器を作ったり運転したりすると多くのCO2を排出します。では如何ほど排出しているか、読者のみなさまは定量的に考えたことはありますか。最近は国際的に「加速器を擁する研究機関は持続可能性について十分に考慮しなければ社会に容認されない」、ということが定着しつつあります。そのための国際会議が定期的に開催されています。
来月(5月)に米SLAC国立研究所でリニアコライダーワークショップ(LCWS2023)が開催され、そこで「持続可能性」に関するセッションがもたれます。私は今その準備をしていますが、そこで欧州合同原子核研究機関(CERN)やドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)の研究者から「日本の使用電力当たりのCO2排出量はとても多いぞ」と言われています。電力はザックリ言って、化石燃料、再生可能エネルギー、原子力の3つのエネルギー源を使って作られます。使用電力当たりのCO2排出係数(換算係数)は各電力会社のホームページで公表されているので、自分の職場のある地域の係数を是非とも確認して下さい。日本の場合は化石燃料の比率がとても高いのです。地域によって異なりますが、例えばILC候補サイトが立地する地域では再生可能エネルギー比率は21%、原子力はゼロですから、kWh当たりの係数は480グラム(2021年度)になります。一方、欧州は再生可能エネルギー比率が高く、またフランスは原子力があるので、欧州全体の係数は日本のほぼ半分です。
出典:IEA (2022), World Energy Outlook 2022, IEA, Paris
License: CC BY 4.0 (report); CC BY NC SA 4.0 (Annex A)
この図はDESYのBenno List氏から教えてもらったものです。日韓の係数が高いことが目立ちます。
では日本政府の方針はどうなっているのでしょうか。政府のホームページをみると、2030年目標は再生可能エネルギーが37%、原子力が21%で、あとは化石燃料です。換算係数は図から読み取ると200グラムと現在の欧州レベルになる計画です。しかしよく見ると2050年の係数はゼロではありません。2050年までにカーボンニュートラルにするという目標はどうなったのでしょうか。これも政府のホームページを見ると、カーボンニュートラル達成のためにCO2排出量をゼロにするのではなく、CO2吸収量を増やして相殺する、という戦略になっています。私はこの方針は現実的であると思っています。
【カーボンニュートラルとILC】
これをILCに当てはめるとどうなるのでしょうか。①省エネルギー技術をさらに進めること、②できるだけ再生可能エネルギーを使った運転を行い、かつILCから排出される熱エネルギーを、これもできるだけ回収すること、そして③ILCが立地する地域と協力してCO2吸収を増やすこと、の3つの努力を全て行うことが必要になります。
では、CO2吸収量を増やすために何をなすべきでしょうか。ここで私たちは2つのことを知っておく必要があります。一つは、「炭素はどこに蓄積されているのか」、もう一つは「炭素を固定するバイオマスの状況」です。2022年9月21日付け朝日新聞のGLOBEに興味深い記事がありました。世界の温室効果ガス排出量はCO2換算で520億㌧(0.05兆トン)です。一方、炭素はどこに蓄積されているかですが、実に森林2兆㌧、土壌5.5~8.8兆㌧、うち表土が3兆㌧、大気3兆㌧だそうです。海洋も大量に蓄積していますが、記事には残念ながらその情報はありませんでした。次にYinon M. Bar-On, Rob PhillipsおよびRon Miloの論文”The biomass distribution on Earth”によると、地球上のバイオマス分布を炭素量で表すと、総量は(以下ギガ㌧単位の数字です)550ギガ㌧(0.55兆㌧)です。その内訳は植物が450(81%)で圧倒的に多い。次いでバクテリア70、菌類12、古菌類7、原生生物4、動物は僅かに2、ウイルス0.2の順です。動物のバイオマスが原生生物の半分とは驚きです。さらに動物のバイオマスの50%が昆虫、と興味深い情報が続きますが、ここではこの程度に留めます。
出典: https://www.google.com/search?client=firefox-b-d&q=The+biomas+distribution+on+earth
【農林水産業との連携がカギ】
こういう数字を見ると目が眩みますが、私たちは、ここから何を汲み取るべきでしょうか。私は「CO2吸収の役割は植物に頼るべきであり、具体的には『ILCは農林水産業と連携するべきであること』」と読み解きました。それではILC候補サイトの所在地である一関市の場合を具体的に見てみましょう。ILCの年間使用電力はピーク電力を120メガワットと年間運転時間を5000時間程度と仮定して、ザっと試算すると7億kWhになります。仮に2040年のCO2排出換算係数が200グラム/kWhに改善されていると仮定すると、年間排出量は140キロ㌧になります。モチロン、筆者は「2040年にはILCがバンバン稼働している」という状況を切に望むものです。一方、一関市の森林面積は6.6万ヘクタールと市の面積が広いだけあって、相当に広い。しかし、広葉樹自然林の面積が約50%を占めており、適切に管理された人工林はさほど広くありません。同市の農地林務課アドバイザーの菊池宏氏にCO2吸収量について詳細な試算をお願いしました。試算には、森林の樹齢や樹種、管理状態を把握しなければならないので、相当の仕事量になります。何故なら、CO2吸収量は樹木が成長する過程で増加するものであるからです。林野庁の試算では、適切に管理された樹齢が40年程度のスギの人工林1ヘクタール当たり、年間8.8㌧のCO2を吸収します。実情は、なかなかこの値には届きません。菊池氏の試算では、現状で年間300キロ㌧という数字が出ています。この値はILCの2040年排出見込みを超えてはいますが、当然ながら市民が産業を営み、生活することによる排出もあることを考えねばなりません。この点については環境省が全国の基礎自治体ごとに年間排出量を分野別に試算した情報が同省のホームページに載っています。それによると2018年の同市の排出量は800キロ㌧強になっています。2040年までにはこの値は相当に減少しているはずですが、仮に50%の400キロ㌧になったと仮定しても、ILCの排出量を合算すると総排出量は600キロ㌧になり、現状の吸収量の2倍です。2050年までにカーボンニュートラルを達成するためには、排出量をさらに減らし、吸収量を現状より増やさなければならない、という数値目標がここで見えてきます。
【実は資源に恵まれている日本】
日本は資源小国であることは子供のころから教え込まれていることですが、これは化石燃料に限った話である、と筆者は思っています。バイオマス、という観点から見ると日本は資源に恵まれた国であると強調したいと思います。日本列島は適度な緯度に位置し、脊梁山脈があって、日本海があってしかも偏西風があるので、国土に満遍なく雨や雪が降り、平均降水量は1700mmと世界平均の2倍にもなります。農業も天水だけで営んでいます。森林も適切に管理すればまさに再生可能なエネルギー源になります。おまけにブルーカーボンといって、世界有数の面積となる「沿岸部」に藻場を育成することに拠るCO2吸収も期待でき、実際に岩手県洋野町では実践されています。
以上が「グリーンILCを実践するための基礎編」、ということになります。では具体的になすべき項目は何であるか、については次回以降に順次説明することにします。AAA会員の皆様が所属する会社、事業所、研究機関も既に具体的な活動が展開されているとは思いますが、ご自分でも納得のいく試算をしてみることをお勧めして、本稿はここで閉じることにします。
吉岡正和
岩手大学・岩手県立大学客員教授
一般社団法人国際経済政策調査会代表理事