Columnコラム

コラム

プロフェッショナル仕事の流儀 バレリーナ吉田都さんの引退公演   天満 ふさこ

10/25(月)NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀 ~世界のプリマ最後の闘いの日々 バレリーナ・吉田都」を見ました。テレビを見ながらポロポロ泣いてしまいました。バレエを長年やってきた人は、きっと同じ気持ちだと思います。

吉田都さんは、ローザンヌ国際バレエコンクールに出場した時から覚えています。サドラーズ・ウェルズ・ロイヤルバレエ団(現バーミンガムロイヤルバレエ)のプリンシパル(バレエ団での最高位)を経て、東洋人で初めて英国ロイヤルバレエ団のプリンシパルになった方です。

当時ロイヤルには、パリ・オペラ座のエトワールの地位を捨てて移籍した天才バレリーナのシルヴィ・ギエムがいました。彼女は、バレリーナとしての完璧な容姿、テクニック、表現力、圧倒的なオーラとカリスマ性を備えていました。それにひきかえ、都さんは・・・どう見ても日本人そのものでした。

都さんのパ(ステップ)は、正確無比です。グラン・フェッテ・アントール・ナンという連続回転は、難易度の高いパを随所にちりばめながら、音楽とピタッと合い、決して乱れることがありません。血のにじむような努力という、ありきたりの言葉ではあらわせないほど、練習をされていたのでしょう。

私が吉田都さんをロイヤルの至宝だと思ったのは、10年ほど前に、大阪フェスティバルホールで「ロミオとジュリエット」を観た時。相手役は、イレク・ムハメドフというボリショイ出身のダンサーでした。彼は頑丈な体格で、正直言って、ふたりが10代の少年少女を演じきれるのか、自分がその物語の中に入っていけるのか心配していました。ですが、プロコフィエフの音楽が鳴り響いた瞬間、私はヴェローナの町にいました。そして踊れば踊るほど、内面から情感があふれ出てくるのです。サドラーズ時代よりずっといい。バレエは肉体の芸術ですが、年齢を経るにつれて、精神が身体から透けるように表れてきます。その時、これが東洋の美なのだと感じました。

ロバート・ハインデルという画家の作品展が広島三越でありました。吉田さんの短いトークとMIYAKOという写真集のサイン会も開かれました。ふだんの都さんは、清楚で控えめな方です。ですが、そばにいる者の心を打つひたむきさが、全身からあふれ出ていました。そのときいただいたサインは今でも私の宝物です。

「ワークライフバランス」という言葉が世の中の主流となっています。ですが、何かひとつのことをやり遂げようとすると、それが世界のすべてで、切り捨てなければならないこともある。都さんが、日本人として世界の晴舞台に出ていくとき、私も国境や人種や政治や宗教をこえて人々を感動させるバレエのことを伝えたくて、日夜格闘していました。

自分の遅めの青春時代とも重なっていました。吉田さんと同じ時代を過ごせたことを、心からうれしく思い、感謝しています。

純粋基礎科学研究もバレエも長年にわたる地道な努力の積み重ねが必要です。若い人には、寝食を忘れて打ち込めるものをぜひ見つけてほしいです。

今、ロンドンではロイヤルウェディングの話題でもちきりだとか。吉田都さんの、英国での引退公演となったロイヤル・オペラハウスで、同じ演目の「シンデレラ」を観てきます。

 

天満 ふさこ

Download