Columnコラム
おもてなしの心
昨年(2012年)9月に夫婦で欧州を旅行した。6泊8日でドイツ、リヒテンシュタイン、スイス、フランス、イギリスを回る、有名観光地てんこ盛りの典型的なパック旅行である。
旅の始めの独フランクフルトから中間点スイス・リヨンまでの約1,500kmの道のりはバス移動。途中スイスでは、登山鉄道を使って海抜3,454mにあるユングフラウヨッホ駅観光も入っているので、これだけでも相当ハードな旅程である。リヨンから仏パリまでの約400kmは高速鉄道TGVを、パリからロンドンまでの約400kmはユーロスターを使う鉄道の旅。パリでは、世界遺産としても有名な仏西海岸の修道院モンサンミシェルへの往復約700kmの日帰りバス旅行が含まれていたので、陸路の総移動距離が約3,000kmにも及ぶかなりの強行軍ツアーであった。それでも訪問先が、金融危機が取りざたされる欧州の中でも比較的経済の安定した国々のせいか、長い歴史を思わせる家並みや落ち着いた風景にヨーロッパらしい情緒を感じたものである。
ここで思いもよらぬ妻の感想が、「欧州の新幹線は、汚れが目立つ。車体の内外とも綺麗ではない。」との一言。確かに、TGVもユーロスターも最速300km/h超えで走る高速鉄道イコール“新幹線”という発想の妻の感覚からすれば、両者とも日本の新幹線ほど綺麗ではなかったのである。それは、車両の姿形や内装の豪華さではなく、清潔感という部類の綺麗さの違いなのであろう。日本では、JR東日本グループ会社の鉄道整備株式会社、通称“テッセイ”の「お掃除の天使たち」が有名になるくらい、新幹線はいつも綺麗なのが常識なのだ。テッセイの車両清掃の仕事は、担当する新幹線の到着3分前にホームに整列して待機するところから始まり、新幹線がホームに入ってくると一礼して出迎え、降車するお客様に対しては「お疲れ様でした」とお辞儀をして声をかける。7分間で毎回清掃を終えると乗車を待っていたお客様に対して、「お待たせしました」とふたたびお辞儀をして声をかけ、次の持ち場へと移動していく。テッセイはその仕事ぶりのみではなく「おもてなし」の精神も注目されている。たかが『掃除』されど『掃除』。自分たちがお客様の『おもてなし』をするのだという意識が、いつも綺麗な新幹線を支えているのだという。
日本人は、「失われた20年」の後遺症で経済も上向かないし、何もかもがダメになったと思いがちだが、例えば日本の輸出額を見ると円高下の2011年から2012年にかけても、実は5兆4000億円から6兆円に大幅に増えている。バブル後の経済成長率で見ても年平均1.2%伸びており、日本経済は着実に成長しているのである。それは支えてきたのは、日本人の知恵と創造性によるものであることに、われわれ自身が気が付いていないだけなのだ。
高速鉄道は、機能だけを追求するならできるだけ速く安全に走る移動体であれば良い。でもそこに、快適さや綺麗さを自分たちの持ち場の中で付加させようと努力するのが、日本の文化「おもてなしの心」なのだと思う。ヤマト運輸が宅急便をアジアの国々で国際展開する際に現地社員に義務付けている「お客様に帽子をとってお辞儀する挨拶」が、香港やフィリピンなどの現地顧客に好感されて新規顧客獲得に役立っているそうだ。ここまでくると、日本流「おもてなしの心」は、サービスを輸出する際の立派な差別化あるいは高付加価値化の武器になる。
今や経済危機に喘ぐ欧州や財政の崖を危惧する米国を尻目に、「国際リニアコライダー(ILC)」は日本での実現が期待されているという。ただし、建設候補地となっている東北の北上山地や九州の脊振山地については、海外からの研究者受け入れの社会インフラ(住環境、子弟の教育環境、労働環境など)の不足を懸念する声が上がっているようである。しかしながら、両候補地とも近隣に仙台、福岡という政令指定都市が控えており、ILCを端緒に新たな研究学園都市づくりが始まれば、得意の「おもてなしの心」で左様な不安を杞憂に終わらせてくれるに違いない。あとは、日本政府ひいては日本国民に、「ILCをもてなす心」をいかに持って頂けるかにかかっている。
『2015年、ILC日本誘致決定!』~筆者の2013年の初夢である。
(馬画人)