Columnコラム
2万人を突破、KEKキャラバン5年目に 高エネルギー加速器研究機構 藤本 順平
2010年の10月のコラムで、KEKの出前授業プログラム「KEKキャラバン」始まりのご案内をさせていただきました。第一回の派遣が2010年の6月でしたので、ちょうど4年がすぎました。2013年度末での、当初からの総派遣数は約200件。総人数2万4千名の方々に話を聞いていただくことができました。その内訳は、約5千名が小学生、約9千名が高校生、一般の方々は約5千名です。年間平均実施件数が50件ですので、この4年の間、1週間に一回の割合で、全国のどこかで、KEKのお話を聞いていただいた勘定になります。
内訳にもありますように、最近は小学生のみなさんへの授業依頼が増えてきました。先月も5校ほどに訪れたところです。小学生の皆さんには、伝えるメッセージを絞ることが重要で、私の場合には、「加速器とは、宇宙の素である粒と粒を衝突させて、宇宙のきまりを知る装置」です。また、集中して聞いてもらえる話の時間は20分程度ということもわかってきました。45分授業なので、残り25分は、霧箱の観察を行います。
霧箱は19世紀の終わりに発明された放射線の軌跡を観察する装置です。 素粒子は大きさが測れないほど小さな粒なので、 これを直接観察することは諦め、その通った軌跡を観測すればよい、ということに人類が最初に気がついた装置です。動作原理は飛行機雲の形成に似ています。KEKキャラバンで実演する霧箱はアルコールとドライアイスを使います。透明な容器の上部に塗られたアルコールは蒸発し易いので、閉じ込められた容器の中に気体として充満します。
その容器の底をドライアイスで冷やします。すると、本来なら液体に戻る温度に冷やされているのにも関わらず、アルコールはきっかけがないために、蒸気として容器の中に浮遊しています。そこに、電荷をもった粒子が容器の中を通過すると、通過した部分の空気がイオン化されます。それがきっかけとなって蒸気のアルコールの粒達が、手を組んで液体に戻ると、それがアルコールの雲として認知できるようになります。電荷を持ったとても小さな粒子自体は、ほぼ光の早さで飛去ってしまいますが、その通過した跡が雲として認知されるのです。
小学生のひとりひとりに装置を渡して観察してもらいます。容器の中にはあらかじめランタン(キャンプなどで使われるランプ)用の芯として市販されているマントルという布をほぐした糸が入れてあります。マントルには、ランタンの輝きをますために、 トリウムという物質が若干塗られていることがあり、 マントルの糸からすこしづつα線が放出されます。そのα線の飛跡を見てもらうのです。α線はヘリウムの原子核と同じで、2つの陽子と2つの中性子から構成されています。陽子は電子の2倍の電荷量で空気を電離するので、太い雲の筋が見えます。小学生たちは、食い入るように観察をしてくれます。
この霧箱という装置は、結局、3つのノーベル物理学賞を受賞します。最初のノーベル賞は放射線の飛跡を可視化することに成功し、この分野を画期的に発展させることにつながった功績に対し、発明者のイギリスのウイルソン博士に授与されました。2つ目は、この霧箱により電子の反物質である陽電子を発見した米国のアンダーソン博士に。そして3つ目は、霧箱で光が電子と陽電子を対生成するという現象を観察したイギリスのブラケット博士に与えられたのです。ひとつの装置で3つのノーベル賞という例は他にはないと言われています。 小学生に、「君たちの理科室にあるタイムマシンで、この装置を持って100年前の世界に行けば、ノーベル賞を3つ取れるんだよ、」というと、最初はキョトンとしますが、冗談であることがわかって、笑ってくれます。 小学生の皆さんには、「宇宙のきまりを知るためには、頭で考えたことが正しいかを実験で決めることが必要なので、このような装置が大事なんだよ」と伝え、「加速器の実験が君たちを待っているよ」で授業は終わりです。
今年度もまだまだ出前授業のご要望を受け付けています。公民館、子供会などでの開催も可能です。AAA会員の皆様におかれましても、是非、お子様といっしょにKEKキャラバンのご利用をお考えください。お届けします! 科学に夢中。
KEK・藤本順平
高エネルギー加速器研究機構 藤本 順平