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情報は雲の向こう?    広島大学  高橋 徹

この原稿が掲載されるのは2011年が明けてからだが、2010年の仕事納めの12月28日に執筆中だ。この時期となると、今年を振り返り、そして来年はどんな年になるのか考えてしまう。ある Web サイトの2010年のトレンド を見ると、食べるラー油や東京スカイツリーなどに混じって、スマートフォン、電子書籍、クラウドなど情報関係の言葉が目につく。ILC のような国内外の多くの研究機関と協力体制で推進されるプロジェクトに参加していると、出張というのが日常になる。すると「出張中だからメールが読めない」とか「オフィスにいないので資料を調べられない」では仕事に支障をきたす。これまでもオフィス内外の情報格差をなくそうといろいろと試したが、クラウドコンピューティング(注 1)がひとつ鍵となりそうだ。

 

最近、電子メールやスケジュール管理、情報管理などに使える便利な Web サービスが普及してきた。パソコンからでもスマートフォンからでも利用できる。この原稿も Web で検索して見つけた資料をクラウド上の情報収集サイトに記録し、それをあとから見ながら書いている。また,ネットワーク上のディスク、いわゆるオンラインストレージサービスも枚挙にいとまがないほどたくさんある。いま書いているこの原稿も自動的にオンラインストレージに保存されているので、帰宅してからでも、年始に帰省してからでも、続きを書くことができる。ファイルのコピーし忘れも心配無い。そうすると、パソコンのディスク全体をネットワークにおきたくなる。大きな容量のオンラインストレージは料金や転送速度が気になるが、2010年の末に年間約5000円で容量無制限のサービスが開始されるなど,ますます便利になっている。今後の動向に注目したい。

 

今日は2011年の1月2日である。年末に大学のオフィスで書き始めて、オンラインストレージに保存しておいた原稿の続きを、帰省先でノートパソコンに向かって書いている。そういえば、このパソコンがインターネットにつながっているのも、昨年爆発的に普及したモバイル WiFi ルータ(注 2)のおかげだ。クラウドコンピューティングはインターネット上に構築されるものなので、これをいつでも使うためにはいわゆる「モバイル」との組み合わせが必要だ。「2011年 IT 業界における TOP 10 予測」によると,2011年は「クラウド」×「モバイル」など、技術の融合が進むらしい。今は「クラウド」というと特別な意味をもつ用語に聞こえるが、それもそのうち死語と化すのだろうか。少なくとも2010年の私自身の情報環境はその路線に乗っているようだ。

 

思い返せば、ネットワークを介する情報共有に革命を起こしたのは CERN(欧州合同原子核研究機関)における WWW(ワールドワイドウェブ)の発明だったと言えるだろう。ほんの20年ほど前のことである。加速器科学の発達に効率的な情報共有とコミュニケーションの重要性はますます増している。電子メールは言うまでもなく、日常的なビデオ会議や Web 会議、グリッドコンピューティングなど、インターネットの恩恵は計り知れない。だが、直接顔を合わせての議論や、そのための出張の回数は減っただろうか。インターネットの利用によってプロジェクトが効率的に進むようになっただけ、顔を合わせなければならない回数も増えたような気がする。インターネットを通じた遠隔情報交換は、まだまだ人と人との直接の情報交換にはおよばない様だ。直接顔を合わせて複数で議論するのは全く問題無いが、ビデオ会議の向こうで複数の人が議論を始めると、こちらでは全く聞き取れないのはその良い例だろう。人の能力のすばらしさを実感する時である。技術革新によって会議のための出張が要らなく時がくるのだろうか?今後に期待したい。

 

高橋 徹

広島大学

 

 

(注 1) クラウドコンピューティングに明確な定義は無いようだが,インターネット上の各種サービスをそれに接続した pc やモバイル端末から利用することを,インターネットを雲とみたててそのように言う。大きく分けて,「電子メールやスケジュール帳などソフトウエア」,「各種アプリケーションを動かすプラットフォーム」,「オンラインストレージなどのインフラ」がある。拙文ではソフトウエアとインフラを例としてあげている。
(注 2) 携帯や PHS を利用した小型の無線LANルータ。(モバイル)WiMAX という規格も普及しつつある。

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