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2021年ノーベル物理学賞・パレジ博士の業績II

<パリジ博士の業績 その3 ―量子色力学における発展方程式― >

 

前回でもお話したように,パリジ博士は高エネルギー物理学の分野でもとても有名です。最後に博士の高エネルギー物理学での業績の紹介を致します。

 

陽子は2つのアップクォークと一つのダウンクォークからできています。しかし,それら3つのクォークを包む膜のようなものはなく,ただ量子色力学の方程式に従う「強い力」によって結びついているだけです。空間に3つのクォークが浮かんでいるだけなのです。しかし,強い力のために一つの粒子として運動します。

 

その陽子と陽子を衝突させる実験がスイス・ジュネーブで行われているLHC実験です。LHC実験はヒッグス粒子発見という大きな成果をあげ,現在はルミノシティを増強する準備をしています。

 

ヒッグス粒子を発見するためには,陽子の構造を把握しておくことは不可欠でした。陽子という複雑な構造を持つ粒子がぶつかって反応を起こす時,陽子の構造をきちんと理解しない限り,ヒッグス粒子の発見はかないませんでした。

 

LHC実験の衝突のエネルギーでは,陽子の中のクォークはどのようなエネルギー分布をもつのか,陽子の中でその割合は?陽子を結びつけているグルーオンのエネルギーの割合は?実際に陽子と陽子を衝突させたときに何と何がぶつかりやすいのか?そういったことがあらかじめわかっていないと,ヒッグス粒子の生成を正確に予測できません。その陽子の構造を理解する鍵がパリジ 博士の名も冠されている「ドックシッツァー・グリボフ・リパトフ・アルタレリ・パリジ (DGLAP)発展方程式」です。ドックシッツァー博士,グリボフ博士,リパトフ博士は旧ソビエトの理論物理学者,アルタレリ博士もパリジ 博士と同様にイタリアの理論物理学者です。この方程式により,あるエネルギーを持つ陽子の中でクォークやグルーオンのエネルギーの分布と衝突するときに何と何がぶつかり易いのかを量子色力学の方程式に従って計算することができるようになりました。

 

まずは,米国のSLAC研究所の加速器で電子を陽子にあてて,陽子の中身を分析したところ,陽子の中には確かに3つのクォークとそれを結びつけるグルーオンで充満していることが確かめられました。

 

こうして陽子が基本は3つのクォークからできていることが定量的に確かめられました。また,ヨーロッパはLHC実験を行う前にドイツのハンブルグにあるDESY(デジー)研究所で電子と陽子を衝突させるHERA(ヘラ)実験を行い,詳しく陽子の構造を調べました。

 

その結果,LHCのような高い衝突エネルギーでは,クォークとクィークがぶつかる割合よりも傍役であるグルーオンとグルーオンが衝突する割合が大きいことが判明しました。

 

実際,LHC実験でヒッグス粒子は,グルーオンとグルーオンが衝突して1個のヒッグス粒子が生成され,それが2つの軽い素粒子に崩壊する反応で見つかりました。

 

つまり,DGLAP方程式による陽子の構造理解が正しかったので,ヒッグス粒子を予測通り,作って発見できたのです。

 

少々長いコラムとなってしまいましたが,2回にわたって,今年ノーべル賞を受賞されたパリジ 博士の数々の業績から3つを解説させていただきました。

 

 順風奔放

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