Columnコラム
ヒッグス粒子発見から10年
2012年7月4日,欧州合同原子核研究機関(CERN)でヒッグス粒子(当時は「ヒッグス粒子と考えられる粒子」という慎重な言い方でした)の発表がありました。今年は発見から10年になります。ヒッグス粒子の発見は素粒子物理学の研究者にとってはとても大きな出来事でした。一般向けのニュースにも大きく取り上げられたのでご記憶の方もいるかもしれません。このコラムでも与謝野馨 本協議会永世最高顧問による「CERNでの発見に祝意」で新粒子発見をお祝いしました。私も拙文「LHCは何をみたのか?(Congratulations ATLAS CMS)」を寄稿しました。その後も「ヒッグス粒子と茶道」,「祝,アングレール博士とヒッグス博士がノーベル物理学賞を受賞」とヒッグス粒子にまつわるコラムを掲載しています。2020年にはILC国際シンポジウム「ピーター・ヒッグス博士が語る ヒッグス粒子とILC」を開催し多くの方にご来場いただきました(新型コロナが広がる直前,ぎりぎりのタイミングでした)。ヒッグス粒子が素粒子物理学にとってとても重要なものであること,一般の方も大きな関心を寄せていることを表していると思います。
2020年のシンポジウムのときの,ヒッグス博士のインタビューはYouTubeで公開されています。ヒッグス博士の論文が一度は学術雑誌に掲載拒否されたなど,とても面白い逸話もあります。日本語字幕付きです。ぜひご覧ください。
What got you interested in particle physics? なぜ素粒子物理に進んだの?
What was it like having to wait 50 years? 50年どんな気持ちで待っていたの?
How do yo deal with complex ideas? どうやって考えをまとめるのですか?
“Your paper was refused?!” ノーベル賞の論文が却下??
さてあれから10年,素粒子物理をとりまく状況は変わったのでしょうか?ヒッグス粒子の発見で素粒子の標準理論*という枠組は完成しました。でも素粒子物理学はそれで終わるのではなく,素粒子物理学にたずさわる多くの研究者はCERNでほかの何か新しい現象,標準理論の枠組には納まらない何かが見つかることを期待していました。しかし,現在にいたるまで,素粒子の標準理論を明確に超えた現象は見つかっていません。読者の皆さんの中には,暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー(ダークエネルギー)という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃると思います。これらは天文学で見つかった現象ですが,標準理論の中には納まりません。現在の素粒子物理学は,それにも関わらず地上での実験が標準理論の枠組みを超えられないという大きなジレンマを抱えています。
素粒子物理学の研究はどうすればよいのでしょうか。分からないことに立ち向かうのですから,これと決まった方法があるわけではありません。でも10年前に見つかったヒッグス粒子がそのカギを握っている。つまりヒッグス粒子の性質をよく調べることがもっとも重要というのが多くの素粒子物理学者の意見です。実は10年前のコラムでも同じことを書いています。10年たっても同じことを言っているのです。これは何を意味しているのでしょう。素粒子物理学は進展しなかった?いやそうではありません。探し物をするときに,見つからない場所を一つ一つつぶしていくことはとても大切ですね。それと同じです。無いことを確かめていくのは地道ですがとても大切です。探し切れていないところがヒッグス粒子の性質なのです。この10年でヒッグス粒子研究の重要性がますます高まりました。
いま多くの素粒子物理研究者はヒッグス粒子の研究のための加速器(ヒッグス工場)を作ることが非常に重要だという考え方を持っています。いくつかの加速器施設候補が検討されていますが,その中でもっとも実現に近いもの,設計が進んでいるのが国際リニアコライダー(ILC)です。私たちはこのILCを日本に建設したいと考えて活動を続けています。皆様にご支援いただければ幸いです。
追伸 ILC国際推進チーム(IDT)が公開しているILCと素粒子物理についてカリフォルニア大学バークレー校・カブリ数物連携研究機構教授の村山斉さんが分かりやすく解説する動画シリーズ、「村山斉のILC宇宙塾」も是非ご覧ください。
高橋 徹
広報部会長
広島大学
*標準理論:現在知られている物質の構成要素(素粒子)とそれらの間に働く力を統合的に記述する理論。その確からしさは非常に高い精度で検証されているが,標準理論では説明できない物理事象も確認されており、「標準理論を超える」理論体系が必要とされると考えられている。