Columnコラム
南寧にて
中国は南寧というところで催された会議に出席してきた。香港から更に西に行ったところでベトナムとの国境の近く、かの有名な桂林もそう遠くない。飛行機で南寧に降りてくるときに窓から地上を見ると、もこもこと桂林風の山が平地から突き出している。会議のテーマは「LHCの時代の物理」、中国科学院主催の小規模なもので、そこでILC計画に関する講演をすることを頼まれた。会議は5日間で3日目が全日遠足、そして私の講演は4日目。会議初日は大学の講義のために出席できず、その次の日は移動。成田から北京まで4時間、北京から南寧まで3時間半と丸一日かかってしまう。
南寧に着いたら空港に学生が迎えに来てくれていて、そのまま晩餐会へ。顔見知りは日本人2人に中国人2人程度とあまりいない。そのなかに、アメリカで私の講義を受講していた学生で、当時同じ研究グループにいたのが目についた。早速握手をしに行き少し話したが、まわりから「ヤンヘン教授」などと呼ばれている。「自分はもうそんな年になったのか」といささかショック。空港に学生を迎えに送ってくれたのもヤンヘンだったようだ。晩餐会が終わり、ホテルの部屋に入ると驚きが待っていた。なんと一部屋三十畳くらいの部屋が二つ続きのスイートルームで、バス・トイレはそれぞれに一組ある。寝室のそれは大きなガラス張りになったモダンなデザイン。招待講演者と言う事で参加登録料は免除で、ホテル代も向こう持ち。これもどうやらヤンヘンの仕業らしい。ただ一晩泊まると粗が見えて来た。シャワーは勢いがなく、壁紙はところどころはげ、だいたい冷蔵庫があるべきところにない。ミニバーの価格表はある。さらに、居間の四角いテーブルのカバーをとると麻雀卓だった。
到着した日の次の日は遠足だが、何しろ大学の講義の前夜にヨーロッパから帰って来て次の日に講義をし、県庁の方々と会ってその足で成田へという強行軍だったので、桂林風の山への遠足はしぶしぶ諦めてホテルで講演の準備。ただ、昼と夜の食事の時間が来ると、誰かが部屋に電話をかけて来て、食事に連れて行ってくれる。会議4日目の午前中になんとか無事に講演を終えたあと、昼休みが2時間あるので、お土産を買いに行くことにした。「茶陶が買いたいのだが」とホストに相談すると、女子学生をひとり案内役につけてくれ、脇でそれを聞いていたイタリア人の理論家が「私もいれてくれ」とついて来た。約1キロにわたって両側にお茶関係の店が並ぶ界隈があり、タクシーでそこへ向かう。茶葉の店もあれば茶陶の店もある。茶葉の店の店頭では、いたるところで直径60cmくらいのざるの上で茶葉の選別をしている。その働き手は全て女性である。ただ、広い自動車道の交通量は多く、ほこりが茶に混じらないかと心配になる。中国茶は最初に茶を湯で洗ってから茶を点てることが多いが、これで納得した。私は急須二つに茶椀二つを買い、イタリア人の理論家もポット一つにお茶を買ったが、我々の案内役は値切り役を買って出た。英語は殆どだめなのだが中国語ができるのは助かる。終わりの方ではかなり値切るのがうまくなっていた。そろそろタクシーを拾って帰ろうかというころ、すぐ前の店で今ひとつ小さなポットを買い、これも彼女が頑張って80元から50元に値切ったのだが、それをそのままプレゼントした。彼女は半秒ほど遠慮したあと喜んで飛びついた。
会議に戻ってホストや他の参加者と話していると、案内役の彼女がなんやら機会を伺っている様子。話しかけようとすると後ろに隠れてしまう。諦めたのかと思っていたが、会場を去ろうとしたとき彼女がやって来て、緑茶ティーバッグ10個くらい入った小さなビニール袋をくれた。
昨今のぎくしゃくした日中関係はどこ吹く風、心温まる快適な経験をさせていただいた。ただ、あの大気汚染はなんとかして欲しいが。ホテルから出るとき、一人の欧州出身の大物らしい理論家とエレベーターで一緒になったので、「ホテルの部屋は気に入ったか」と聞いてみた。極普通の部屋で問題はなかったそうだ。
抛執斎