ヒッグス粒子発見、その意味と今後

2012年7月5日

ナショナルジオグラフィック 日本語版

見つけたと思うが、どうだろうか?」。現地時間7月4日午前、スイス、ジュネーブの会場を埋めた聴衆を前に、欧州原子核研究機構(CERN)の所長ロルフ・ホイヤー(Rolf Heuer)氏はこう問いかけた。CERNが運営する大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で実験を行っている2つの研究チームが、“神の粒子”とも呼ばれるヒッグス粒子を、あるいは、ヒッグス粒子であることが有力な未知の粒子を、それぞれ99%以上の確実さで発見したという発表の場だ。

 長らく見つかっていなかったヒッグス粒子は、この宇宙の物質が質量を持つ理由を、ひいては銀河が、惑星が、そして人間が存在し得る理由を説明し、それによって物理学の「標準理論」の最後のピースを埋めることになるかもしれない。

「われわれは発見した。ヒッグス粒子とみられる新たな粒子を観測した」と、ホイヤー氏はセミナーの席上で述べた。このセミナーには、1960年代にヒッグス粒子の理論を発展させた4人の人物が出席していた。その中に、理論の提唱者であるピーター・ヒッグス(Peter Higgs)氏が発表を聞きながら涙をぬぐう姿が見られた。

 今回の実験結果はまだ予備的なものだが、その確からしさのレベルは5シグマを示している。5シグマというのは、研究チームが観測したヒッグス粒子とみられる信号が統計的な偶然である確率が100万分の1以下であることを意味する。

「実にすばらしい、わくわくする時間だ」。LHCでヒッグス粒子を探索する2つの実験の1つ、アトラス(ATLAS)に参加しているコロンビア大学の物理学者マイケル・タッツ(Michael Tuts)氏はこのように話す。同氏は物理学者と学生を集め、この日ジュネーブで現地時間午前9時から始まった発表を未明のアメリカで見届けた。「報われた。これこそ探し求めていたものだ」。

 もう1つの実験、小型ミューオン・ソレノイド(CMS)のほうも、ATLASとは別にヒッグス粒子を発見した。両チームとも、当日まで互いの発表内容を知らなかった。

「互いに競い合ってきた2つの実験が、ほぼ同じ結果にたどり着いたことは興味深い。発見のさらなる確証が得られた」と、ATLASチームに参加している物理学者でテキサス州ダラスの南メソジスト大学に所属するリシャルト・ストロイノフスキ(Ryszard Stroynowski)氏は述べている。

 CERN所長のホイヤー氏は、今回の発見を「歴史的な一里塚」と評したが、一方で、新たに発見された粒子の正体を確かめ、その特性を詳しく調べるには今後まだ多くの研究が必要だと慎重な姿勢を見せた。

 例えば、研究チームは新たに見つかった粒子の質量がヒッグス粒子の予測質量に相当すると確信しているが、それでも、この粒子が予想される神の粒子の振る舞いを示すのかどうか、ひいては、この粒子が宇宙の誕生と継続にどのような役割を果たしているのかを確認する作業がまだ残っている。「胸を張れる結果だと思うが、(中略)これはほんの始まりに過ぎない」とホイヤー氏は述べている。

◆予想を上回る結果

 5シグマという結果がATLASとCMSの両実験から得られたことは、多くの物理学者の予想を超えるものだった。LHCの重イオン衝突実験装置ALICEのプロジェクトでイギリスチームのリーダーを務める、バーミンガム大学の素粒子物理学者デイビッド・エバンス(David Evans)氏もそうした1人だ。

 エバンス氏は発表前日の7月3日の時点で、4シグマの実験結果が発表されることを予想していた。従来、新粒子観測が偶然ではなく公式な発見とされるためには、5シグマという厳しい基準が必要とされているが、4シグマはこれにわずかに届かないレベルだ。

 発表を受けて、エバンス氏は次のように述べている。「私の予想をさらに上回る結果だ。ヒッグス粒子は見つかった、存在すると言っていいだろう」。予想を超える結果は「LHCのすばらしい仕事に、ATLASとCMSのすばらしい仕事が合わさって」得られたものだと同氏は言う。両チームは2011年12月に、2シグマの確率でヒッグス粒子とみられる粒子の信号を観測したと発表したが、「チームはそれ以降、分析の向上に努めてきた。ゆえに、同じデータでも統計的有意性が上がっている」。

 ATLASの広報を務めるイタリアの素粒子物理学者ファビオラ・ジアノッティ(Fabiola Gianotti)氏も、LHCを高く評価する。数十億ドルを投じて建設されたこの加速器は運転開始当初、数々の事故やトラブルに見舞われた。「LHCとそこで行われている実験は奇跡を起こしている。今や計画を超えた成果を上げているといえる」。

 ALICEのエバンス氏は、今回のヒッグス粒子発見の報を非常に喜んだが、それと同時に、もっと意外な結果が出なかったことに少し落胆も感じたという。「正直なところ、標準理論の予測と少し異なる結果が出ていたらよかった。まだほかにも未知のものが存在する可能性が示されるからだ」。

◆さらに金メダルを目指して

 ヒッグス粒子の探索は、LHC建設の主要目的の1つではあるが、ヒッグス粒子の発見が確認されたからといって、この大型陽子衝突装置が動きを止めるわけではない。

 いまだ残る疑問を解明するためには、今後何年もかけて追跡研究を行う必要がある。そのような疑問とは例えば、ヒッグス粒子の「崩壊チャネル」が何か、すなわちヒッグス粒子がエネルギーを放出しながら何の粒子に変わるのかといったことだ。

 また世間では忘れられがちだが、ATLASとCMS以外にも、LHCでは大きな実験があと2つ行われているとエバンス氏は言う。その2つとは、LHCbとエバンス氏の参加するALICEで、これらの実験では宇宙に反物質が少ない理由など、ヒッグス粒子とはまた別の物理学の謎を追っている。

「オリンピックにたとえるなら、ヒッグス粒子の発見は金メダルを1個取ったようなものだ。1個だけで満足する国はあまりない。CERNはこれから先、もっと多くの金メダルをもたらすことになるだろう」とエバンス氏は述べている。 ナショナルジオクラフィックサイト