2016年12月7日

科学が「ふしぎ」と出あうとき

 

 年の瀬を迎えると、時の流れは巡るものとしての特徴が目立つような気がします。人間が時間の流れを意識する際、昼夜や、季節の変化に現れる周期性を利用していることを考えると、年の瀬に私たちが時の流れに注目する理由も頷けます。年の瀬の時の流れで、もう一つ特徴的なのは、これも周期性と関係しますが、一年も終わりに近づき、そこに残された時間が目に見えて意識されることです。目に見える時はカレンダーだけではありません。クリスマスやお正月街の雰囲気が漂う街角の飾りつけまでもがその意識を高めてくれます。

 時間を意識する人間が、意識する状況で時の流れ方に異なる印象を持つことに気づくと私たちの世界は、それを見る人間の状況によっても見え方が異なる「ふしぎ」な世界かもしれません。今回のコラムは、科学館に勤めていて、子どもたちに科学の話題を話す際、いつも私が感じる科学の営みに含まれている「ふしぎ」について触れてみたいと思います。

 私たち人間はよく好奇心を持った生き物だと言われています。好奇心は、世界の多様な仕組みの中に「ふしぎ」の存在を発見する心ですから、人間は世界に「ふしぎ」を発見する生き物であると言えるのかもしれません。そう考えると、私たちが住む世界に「ふしぎ」がいっぱいあるのは、人間がそれを発見するからかもしれないのです。科学の営みは人間が持つ好奇心によって導かれるとよく言われています。その意味では、科学は世界に「ふしぎ」をいっぱい発見する営みにもなっているのです。

 勿論、科学は「ふしぎ」を発見するだけではありません。一般に科学は、これまで人間が出会った「ふしぎ」を解明し、その結果、人間が獲得した知識をまとめて発展してきました。科学の営みには「ふしぎ」を解明して人類が共通して利用できる知識を獲得することが重要な役割として課せられているのです。一般に科学の成果として知られているのは、科学が「ふしぎ」を解明した結果を集大成した科学的知識とそれを活かした技術の現れとも言えるのです。

 歴史的には、「ふしぎ」を発見し、「ふしぎ」を解明して発展してきた科学ですが、科学と「ふしぎ」にはさらに不思議な関係が伴います。科学が「ふしぎ」を解明すればするほど、一方で科学は、絶えずとも言えるほど、新しい「ふしぎ」を発見するからです。科学の歴史を人類が出会った「ふしぎ」の発見と「ふしぎ」の解明のフィードバックの流れとしてみたとき、それがネガティブかポジティブかは興味ある問題です。しかし、現在までの科学の歩みをみるかぎり、それはネガティブであるはずがありません。

 科学館に来る子どもたちには、「ふしぎ」を解明した科学の知識に興味を持ち、同時に科学の発展に寄与する新しい「ふしぎ」も発見できる、そんな態度を身につける機会を少しでも多く提供したいといつも願っています。

                                  


高柳 雄一

多摩六都科学館館長