2011年5月27日

きょうは何がわかりましたか?

 

筑波大学ギャラリーにある「朝永記念室」は、筑波大学の前身である東京文理科大学・東京教育大学の教授・学長・附属光学研究所長などを歴任された,朝永振一郎博士の業績を継承するために設置された展示室です。ここには1965年にノーベル物理学賞を受賞された朝永博士ゆかりの品々が展示されています。その中に博士が31歳のときに、ドイツ・ライブチッヒ大学のハイゼンベルグ教授のもとに留学されたときの日記があります。この日記の一部は岩波文庫、朝永博士著の「量子力学と私」にも掲載されています。


記念室では博士がドイツでの滞在中に研究が進まず悩んでいるときに、東京の仁科博士からの励ましの手紙が届き、涙する記述がある日記のページが開かれて展示されています。しかし日記ではその後も、「今日も成果なし」、「今日も計算に無限大がでてしまった」と嘆息する記述が続きます。結局、ドイツにいる間にまとまった研究成果は得られません。


しかし、この停滞していた計算、結果が無限大になってしまう計算こそが、後にノーベル賞受賞対象となる「くりこみ理論」になっていきます。日記でも滞在中にハイゼンベルグも同じ問題に直面していることを知る場面があります。計算ができないことに重要な意味があると朝永博士は感じられていたに違いありません。研究は往々にして「今日もわからなかった」ということの積み重ねであることが多く、しかし、それが着実に積み重なり、少しずつ人類の知が前進していくのだと思います。


時代は移り、紙と鉛筆を使って一人で自然に迫ることができた朝永博士の時代から、人類の知を進めるにはミクロの現象を捉える加速器を使い、全世界の多くの人々が協力して研究をする時代になりました。加速器の開発・製造・建設、実験器の開発・組み立て、実験の遂行、データの蓄積、データの解析、理論の構築、実験値と照合するための理論計算など、広範な活動があって始めて宇宙の謎の解明が可能となります。


個々の研究や活動は、已然として「今日もわからなかった」の積み重ねでしょうが、数多くの人が関わっているために、総体としては日々「わかったこと、達成できたこと」があります。加速器による研究はその規模の大きさから、予算・資源を必要としますが、しかし、大きいが故に昨日よりも今日、今日よりも明日、と日々、人類の知が前進しています。


総体としての人類の知の前進に対して、日本はどのように役割を果たしていけるのでしょう。私は日本人の「徹底する」という特性が大きく関わってくると考えています。私たち日本人は、古来より刃物を切る刃物である日本刀を生み出し、一目で黒船の構造を見抜き自ら作り上げてしまう、あらゆる製品の超小型化を図る、など、徹底したモノツクリに定評があります。加速器を使う研究はいろいろな場面で精密さが要求されますので、日本人の徹底する精神が大きく役立ちます。朝永博士も「場の量子論」と呼ばれる素粒子の理論を徹底化した「超多時間理論」という理論形式の上に「くりこみ理論」を作り上げました。


加速器を使った研究により日々、人類の知を拡げていくこと、これを目指し日本の研究は進んでいます。研究者に訊ねてください、「きょうは何がわかりましたか?」と。

 

順風奔放