2010年6月22日

セレンディピティとジャパニティ

 

 日本加速器学会誌「加速器」7巻1号2010に、中井浩二先生(高エネルギー加速器研究機構 名誉教授)が連載されている『私の加速器遍歴Ⅳ 加速器科学の国際的位置を高めた 学術行政』を興味深く読ませて頂いた。トリスタン計画からJ-PARCに至る大型加速器 プロジェクトの歴史を振り返りながらプロジェクト実現に至る経緯や学術的意義を時に エピソードを交えて紹介し、「和」の精神を大切にして独自の展開を遂げた我が国 加速器科学の変遷に関わった先生の思いを披瀝されている一文の中で、三度も使われている 「セレンディピティ」という言葉が目を引いた。耳慣れないのは筆者だけであり、 もしかして加速器に関わる方々には「耳タコ物語(耳にタコができるくらい聞き飽きた話)」で あったらご容赦願いたいのだが、『セレンディピティとは、何かを探しているときに、 探しているものとは別の価値あるものを見つける能力』(出所:ウィキぺディア)を 指す言葉で、語源は「スリランカの3人の王子」という童話に由来する造語らしい。 中井先生は、Σハイパー核実験から反陽子科学が誕生したことをセレンディピティの 好例と賞嘆されており、同時にJ-PARCには「Serendipityが活きるBig Physics」を 期待されている。

 セレンディピティの代表例の一つに挙げられる「カーボンナノチューブの発見」者、 飯嶋澄男名城大学教授は文藝春秋誌上で自らこの「セレンディピティ」を紹介し、 『発見や幸福とは、普段見過ごしてしまっているものに隠れている。それに気づくためには 地道な蓄積と、うろうろしながら修正を繰り返すことが必要だ。偶然は待っているだけでは 訪れない。』と述べておられる。なるほど、実験から生まれる加速器科学には必須の 能力かもしれない。

 余談だが、セレンディピティの反対語は「Japanity(ジャパニティ)」で、『誰もが やっていることを追いかけて、必然のところで発見する能力』を云うらしく、日本人を 揶揄した響がある言葉だそうだ。さすれば、小惑星探査機「はやぶさ」の偉業達成は ジャパニティの賜物であり、これから「Japanity」の国際的価値は大いに上昇するに違いない。「はやぶさ」を成功に導いた数々の匠の技術と、それらを上手に使いこなして7年間にわたり運用したJAXAのチームワークを思うと、この単語を載せる辞典には「Japanity」に必須の要素は「和」の精神だと付記してもらいたいものだ。

 ILC計画は、「セレンディピティとジャパニティ」共に優れた日本が主導して日本で 実現させたい。そのためには、強い動機付けと周到な準備が必要だ。「棚からぼた餅」は、 そう簡単には落ちてこない。

 

(馬画人)